2014年08月05日

はじめのことばとさいごのことば

「おばあちゃんはあんたがお嫁に行くまで、がんばって生きてるからね」





それは、祖母が幼い私に、幾度となく言い続けていたことば。
たぶん、私が明確に覚えている祖母の台詞で、一番古い記憶。





当時、私は4歳ぐらいだったので、
祖母はまだ50代半ばぐらいだったはずなのだけど、
この台詞を言われるたび、私はおばあちゃんがもう数年のうちに死んじゃうぐらいに思えてしまって、
早く大人になってお嫁に行かなきゃ、と思っていた、のだった。





思えばあの頃って、
例えば、「大きくなったら何になりたい?」という問いに対し、
クラスの女子の、確実に何人かは
「はなよめさん!」
って答えるような時代。





特に、大正生まれの祖母からすると、
結婚は大多数の女性の生きる道としての位置づけだったのだろう、
と、大人になってずいぶんたってから、想像できるようになったのだけれど。







無邪気な幼児時代を過ぎ、
成長していく過程の中で、
私は世間に思考上でのみ多くの闘いを挑んでは敗れ、
また、ずいぶんたくさんの莫迦な恋をしては傷ついて、
いつしか、結婚できる年齢をはるかに超えてなお、
気づけば独り身のまま、三十路を迎え。






その間もずっと、祖母は
「おばあちゃんはあんたがお嫁に行くまで、がんばって生きてるからね」
と私に言い続けてきたのだけれど。



いつしか私が世間で言うところの“お年頃”を迎えるころから、
このあとに
「誰かいい人はいないの?」
と付け加えられるようになった。







…これはつらかった。

特に、30代の私は、誰にも言えない、まして結婚など望めない片想いをしていて、
おばあちゃんの願いを叶えることなどできなくて、
そしてそれを説明することもできず、
祖母の家への足も遠のいてしまって。









いつだったか、
多分、中学生くらいの頃だったか。
「おじいちゃんとおばあちゃんは、お見合いなん?それとも恋愛結婚なん?」
と、何の気なしに問うた時。
祖母は
「…そんな昔のことはもう忘れたわ」
と、どこか遠い目をしながら答えた。
その頃の私は、本当に子どもだったので、
(そーかー、もう忘れはったんかー)
と正直に受け止めていたので、それを母に言った時
「そんな大事なこと、忘れる訳あれへんやんか!!!」
と、何故かえらく怒り口調だったのが不思議だったのだが。






だいぶ後になって、祖母が寝たきりになってしまった頃に、
祖母は若いうちから随分と、いや結婚してからも、祖父の浮気に苦労していたことを聞き、
子どもの私は何と残酷なことを問うてしまったのか、と悔やんでも後の祭り。












あれは、今みたいな暑い季節、だったか。





久しぶりに、寝たきりになってしまった祖母を見舞いに行った時。


相変わらず、
「誰かいい人はいないの?」
という祖母の問いに、
申し訳なさそうな笑顔を浮かべながら首を横に振るしかない私に、


祖母は、しばらく考えるように間をおいて。







「結婚、したくなかったら、無理にせんでもええねんで」








この台詞を聞いて。





私は何も言えずに、
その後は、多分軽い世間話的な話をして帰り、



おばあちゃんの人生は、結婚生活は、
いったい、おばあちゃんにとって、何だったんだろう。



ということに思いを馳せながら、
家でそっと泣くしかなくて。







それが、祖母との最後の会話。








祖母が亡くなったあの夏の終わりから、
今年で十三回忌。









おばあちゃん、
結局、お嫁には行かなかったけど、
ウエディングドレスも着てないけど、
こないだ、結婚、しました。
無理にとかじゃないから、安心してね。

おばあちゃんの願いは叶えられなかったけれど、
せめて、自分の信じた道を、悔やまぬように進んでいきます。
posted by やすえ at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする
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