2013年05月28日

花の名

人知れず心に咲いた赤い花
手折ってあなたに捧げよう
花の名前は知らないけれど
花言葉などしらないけれど

誰でも良かった訳などなくて
どこかであなたを気にしてた
花の名前は知らないけれど
花言葉など知らないけれど

心配なんかしなくていいよ
ひとまずは 受け取ってくれたこと
素直に感謝してるから

これからのことは
これから考えればいいから
…その花の名前は 今はまだ知らずにいても
posted by やすえ at 00:28 | Comment(0) | TrackBack(0) |

2013年05月27日

五感を信じて生きていく

時々、ツイッターやらフェイスブックやらで書いている。
私、超現場主義だ、と。


インターネットの普及で、
自宅に居ても、以前なら信じられないぐらい、
膨大な量の情報が、短時間で流れ込んでくる現代。


それ自体は悪くない。

子どもの頃から活字中毒だった身としては、
文字の情報が身近にたくさんやってくるのは素直にうれしいし、
インターネットのおかげで、地方住みのデメリットは、
かなり埋められてきていると思う。


ただ、
速度重視な世の中にあって、
どうも、多くの情報が、
きちんと精査されずに表に出てきている部分も否めないと思う。



「百聞は一見に如かず」とは、
むしろ現代でこそ、肝に銘じることわざじゃなかろうか。
文字や画像として流れてくる膨大な情報が、
全て正しいものなのか、
正しいものであったとしても、
取捨選択する基準は何なのか。



特にここ2年ほど、
それを思い知っている。



動けるようになってきたから、
動いている、というのはあるけれど、
自分の中で、悶々と抱えて思い悩んでるぐらいなら、
いっそ、この目で確かめに行けばええんちゃうん?ということで。




入ってくる文字情報は、入り口やとっかかりにはなるけれど、
それを実際に見ると見ないとでは、断然違ってくる。




そういう意味では、ツイッターのおかげで、
ものすごく、私の世界は広がっていった訳で。

ただ、ツイッターで存在を知った人たちに、
実際に会いに行った、というのを繰り返してなければ、
世界はここまで、広がってはなかっただろうな、と。




今更ながらに改めてそんなことを考えたのは、
こちらの記事
http://kasakoblog.exblog.jp/20523301/
から。


件の騒動については、
それはもう多くの人がネット上で言及しているので、
敢えてここでは書かないでおきますが、
現場を見ると見ないのとでは、
確かに捉え方が全然違ってくるよなぁ、と。



私の場合、さすがにちょっと銀座まで足をのばして見に行くには、
少なからずスケジュールの調整とか面倒なことがあるけれど、
そのあたりが何とかなるなら、見に行っただろうな、と思う。
って言うか、こういうのって、現場を見に行かないと、
気持ちの上で“座りの悪い”状態になってしまうので。


もちろん、現場を見に行くのが絶対的に正しいとは言い切れないし、
時と場合によっては、行かないほうが良いこともあるだろう。

けど、状況が許せば、見ないよりは見た方が、判断材料は確実に増える。




少し前の話だけれど、
或るバンドマンのブログ炎上をツイッターでたまたま見て、
後日、そのバンドのライブ見に行ったのだけど、
その際、ブログ主のバンドメンバーさんに伺ったところ、
問題の記事、6万PVもあったのに、
実際にライブ見に来て声を掛けたのは私だけだったらしい。
(ってかあの記事読んで、一体どんな音楽やってんの?
って気にならないのかみんなは?!
と思う私が少々オカシい奴なんでしょうか・笑)




結局のところ、
どんなに文明が発達したところで、
自分の身体を動かして、
この目で見てこの耳で聴いてこの手で触れたものの感覚を、
大事にしていきたい、と、
強く思う次第です。



さらに言うと、
紅茶など扱っている身としては、
味覚や嗅覚なども、
もっと、もっと、追求していきたいわけなのです。





…ま、そのおかげで、
かなり“いらんこと”にも巻き込まれることもあるのだけれど、
結果的に、自分の世界が開けていくのなら、
それもまたよし。




感覚を研ぎ澄ますことを忘れずに、
これからも、超現場主義で生きてく、つもり。
posted by やすえ at 23:45 | Comment(0) | TrackBack(0) |

2013年05月25日

in Love

何も知らないふりをして
笑顔でするりと身をかわすけど
あまりにも君がノックを繰り返すから
開けてはいけない扉 鍵がゆるみそうになる

雨だれ 石を穿つという諺を知ってか知らずか
そんなに無邪気に微笑まないで
一人で帰るつもりの月の夜道
足元を掬われそうになる

どうせ 手に入れたら
そこで急に飽きてしまうんでしょ?
吟遊詩人が唄いながら擦れ違ってゆくけれど

リリスが誘う空虚の時刻
そこに実りは何もないのは百も承知で
その指先に 託して しまい たく なって みる
posted by やすえ at 02:53 | Comment(0) | TrackBack(0) |

2013年05月24日

大好きだからと言って、四六時中いっしょに居たい訳じゃないんだ

前回の記事で、えらそうな事を書き散らしておきながら、
4月の下旬に、鬱でノックアウトされておりました。


原因は…いくつかあるといえばあるのですが。


落ち着いて振り返ってみると、
短期間に、少し無理なペースで動き回ってしまったかなと。


私のツイッターのアカウントなどご存知の方だと、
もしかしたら見て頂いてたかも知れませんが、
4月の2週目から3週目にかけての一週間あまりの間に、
東京へ5日間ほど滞在したり、
延べ100人以上の人に会ったりして、
「そのバイタリティはどこから来るの?!」
とか、あちこちで言われてたりしたのですが。


3週目の週末あたりから、
少し様子がおかしくなり。


超久々に、パニック発作の予兆不安が勃発したり、
朝起き上がれなくなって欠勤したり、
人にやさしい言葉をかけられなくなったり、
記憶が一部飛んでたり、
職場でお弁当たべながら涙ポロポロ流したり、
それはもう、盛りだくさんにぼろぼろな状態で、
10日ぐらい、誇張ではなく死にそうだったみたい、です。

みたい、っていうのは、
いちばんしんどかった時の記憶が飛んでるからです。
変なところで、自己防衛本能が働いたようで。





今はかなり落ち着いているのですが、
前の主治医に、以前言われた、
「やすえさんは、人が大好きだけど、
 人と接していると疲れてしまうんでしょうね」
という言葉をふと思い出したけれど、
それは、的を得ていると思う。


いくら何でも、一週間で100人とか会いすぎですよね。
しかもその中に、はじめましての人が半分ぐらい占めてて、
確かにすごい楽しかったし刺激的だったけど、
確実にキャパをオーバーしていたみたいです。




実は、これ書いている今日も、
少し、疲れが見えてきてたので、
本当は、出かけたい先があってお休みを取っていたはずだけど、
先月のこと思い出して、
できるだけ人に会わないように、引き篭もって過ごしてました。
おかげで、明日は多分外出して誰かに会っても、
普通に話ができる、と、思う。



これ、第三者に理解してもらうように説明するのは、
とても難しいのですが。



人が大好きなのだけど、
時々、たまらなく、一人になりたくなるのです。

さみしくないかと誰かに問われても、
さみしさよりも、
全ての情報を遮断して、一人でいたいという気持ちの方が、
はるかに強くなるのです。



たぶん。
人と会ってる時って、
自分でも制御不能に、エネルギー注いでしまってるんだろな。
だから、時々休まないと、
精神がガス欠になっちゃうんだろうな。




いわゆる『扱いづらい人』なカテゴリに分類されちゃうんだろうけど、
それでも、ひとりになっている時は、
特に誰かに不利益をもたらしてるわけではないと思うので、
そんな特性を持った人だということで、
ご理解いただければいいな、と、思ったりします。





追記:
そんな訳で、
精神科の通院が、なかなか最終回を迎えられません(苦笑)。
今年中には卒業したいとこですけどねぇ。
posted by やすえ at 23:21 | Comment(0) | TrackBack(0) |