2006年08月22日

リアルに生きてるかい

タイトルに反応された方、ごめんなさい。
大江千里ネタではありません(笑)。


さて、こちらのブログでも触れてますが、北海道へ行ってました。
しかもまだ帰宅途中です。

ライブは20日朝までだったのに、何でまだ帰れてないかと言うと、今回
“全行程陸路・基本的に鈍行列車”
だからです。


これには色々と訳がありまして、単にフェリーも飛行機も取れなかったということもあるのですが、それ以上に個人的に重視したのは
「ぎりぎりのところで、北海道までの距離感を体感したい」
ということでした。


最近、自宅でパソコンに向かっている時間が長く、ともすれば、インターネットを覗いているだけで、世界の全てを掌握できてしまうのではないか、と錯覚することもあった自分への戒めもありました。

体力温存と移動時間効率のことも考え、部分的に夜行列車は使ってますが、それでも札幌まで片道2日。
往路の北陸線〜信越線〜羽越線〜奥羽線の日本海側縦断ルートは、何度か乗ったことはありましたが、復路の東北本線ルートの各駅停車移動は実は初めてで、特に青森以南が、17時間あまりかけて、やっと東京まで戻ってきた、という状態で、日本列島の大きさと、自分の小ささを、身を以って感じている最中です。

(実はまだ東京都内で、この文章を書いてたりします)

端から見れば「あほみたい」なことを、何だって実行してるのか。

私の「経験欲求」が強いからです。

元々、「物欲」よりも「知識欲」「経験欲」の方が強い私。
体当たりで、自分の身を以って感じたいことが、いっぱいあります。

(だから、例えば、音源で物足りずにライブに行っちゃうんですよ)

実際、列車で少しずつ移動しながら感じたことは、今回も山ほどあります。

東北地方の夏、意外と暑い、とか、
山形県のあちこちで回ってた風力発電の風車、とか、
かつて複線だったであろう、現在は単線の鉄道、とか、
秋田から弘前までの列車で出会ったおばあさんの言葉が全然わからんかった、とか、
17年ぶりぐらいに降りた弘前駅がめちゃくちゃきれいになってる、とか、
東北も北海道も信号機が縦なのは、雪が沢山降るからかな、とか、
テント張るなんて自力ではムリ!と思ってたのに意外と簡単だった、とか、
北海道は雨降っても湿度が低い、乾いた感じがする、とか、
札幌の街頭テレビの高校野球の中継で、駒苫を応援する山ほどの人だかり、とか、
「〜でよろしかったでしょうか?」ってのはきっとこの地方での慣用的言い回しなんだ、とか、
東北本線、いつの間に3セクで分断されてんのよ、とか、
3年前に行った仙台の喫茶店がまだあってよかった、とか、
どこもかしこも“平成の大合併”で、駅の標識の住所表示が消されまくってる、とか、
こんなに東京を懐かしく感じたのは初めてだとか、
挙げていけばキリがない。

でもこれは全部、
「家にいたらわからない」
ことだし、
実際そこへ出向いてみて、初めてわかったり感じたりしたことばかり。


私には知識欲求もあるから、色々な情報を検索したりもするけれど、
いくらインターネットで何でも調べられても、
実際に触れてみることには、やはり敵わないんだと痛感する。
この手で触れたいし、
この目で見たいし、
この耳で聴きたいし、
空気の感触や匂いに直に触れたいし、
≪百聞は一見に如かず≫
って、昔の人は本当によく言ったもんだと思う。

そして。

春頃までの私からしたら、考えられないぐらいの体力的に過酷な旅だったのに、途中で大きく体調を崩すこともなく、よくもここまで頑張れたと思う。
(昔取った杵柄ではあるけれど)
この6日間の旅で、かなり自信を回復できたよ。

自分自身に小さく拍手。

さて、あと、何を足せば、私は周りの人たちにも優しくなれるだろうか。

…そんなことを考えつつ、旅の最終日の夜は更けて行ってます。

あと1時間ぐらいで、また列車に乗ります。
結局眠れんかったなぁ。
posted by やすえ at 04:54 | Comment(3) | TrackBack(0) |

2006年08月04日

ボロフェスタのこと

ボロフェスタの出演者第一弾が発表されました。
けっこうたくさんの人が、自分のブログなどで取り上げてるみたいです。


私が初めてボロフェスタへ行ったのは2004年。
ボランティアスタッフにも興味があったのだけれど、行ったことのないイベントでいきなりスタッフをする勇気はなく、お客としてひっそりと西部講堂へ行きました。
その時のことや、私の心情の動きなどは、過去の日記にも書いてるのだけれど、その頃の加藤さんの日記を読んでると、
「来年はボロフェスタをやらないかもしれない」
などと書かれてて、
“ああ、何で私はこんな素晴らしいフェスティバルのボランティアスタッフを今年やらなかったのだろう”
と、激しく後悔したのでした。

だから、去年のボロフェスタの開催決定の知らせを聞いた時、私は本当に心の底から嬉しくて、あの幸せな空間を形創るお手伝いをしたい、と、迷わずボランティアスタッフに応募しました。
精神状態も正直良いとは言えない中、
“滅茶苦茶しんどかったけど、それ以上にめちゃくちゃ楽しかった”
と心底感じたことは、その頃の日記を読んで頂ければ、断片的にでも解かって頂けるのではないかと思います。


ライブに足を運ぶのは、そこに自分の好きなアーティストが出るからだ、という人が大半だと思う。
それはそれで、とても当たり前で健全な理由だとは思うけれど。
ライブのイベント自体を楽しもう、という人は、やはりまだ少数派なんだろうか。
最近のフェスバブルで、夏は週末ごとに全国各地で様々な音楽フェスが開催されているので、
“誰が出るとかってのもだけれど、フェスそのものを楽しみたい”
という人たちも、増えてきているのかなぁ、とも思うけれど。


まあその前に、ライブを楽しもうという人口自体が多いとは思えない。
実際、私が書いている幾つかのブログのうち、音楽ブログが一番アクセス少ないし、後から書き始めた飯ブログ節約ブログに、あっという間にカウンターの回転数追い抜かされそうな勢いだということからも、何となく感じていたりする。
そういう“外野”の人たちに対して、例えばFM局が企画して街中を首からパス下げたお客さんが闊歩するようなイベントを行うってことは、ある程度の意味を持つのかもしれない。
これも元々は、アメリカで行われている或るイベントを観て、日本でも同様のイベントをできたらいいなあ、という夢のもとに始まったらしいですし。
そういえば、フジロックもそうだよね。


話を戻そうか。

最近の加藤さんの日記を読んで、私は去年のような
「今年もボロフェスタが行われることが決まって良かった」
という感動が薄れていたのではないかということを、大きく反省して、少し涙がこぼれそうになった。
交通の便も設備の面も充足されているとは言えず、いや不便で足りないだらけの西部講堂で、何で私は一昨年、あんなに感動したんだろう、って。
あの時の、埃臭い空気の匂いや、焚き火にあたらないと手がかじかむほどの寒さや、そんな感覚と一緒に、思い出して。


それでも、ミナミホイールや琉球フェスティバルとボロフェスタの日程が真っ向から被ってしまってるのは、やっぱり非常にものすごく残念なのだけれど。

それでも。
音楽で人を繋ぐフェスに参加できるのが、きっと私にとっての正解だということは解かっているから。


私が何言ってんだか意味わかんないけど、そこまで言わせるボロフェスタに興味ある、という方は、実際にボロフェスタへ行ってみたら、あなたなりの意味が解かります。きっと。
西部講堂で、お待ちしておりますよ。
posted by やすえ at 02:51 | Comment(0) | TrackBack(0) |